湖

一人きりで過ごした時間

“コッヘル(アウトドア用のお鍋)に収納して大切に持ち運べる漆器” を作るべく、木工機械と材料をどうにか確保した私。それからは試作を繰り返す日々であったが、成果らしい成果を残せぬままに数か月が経過していた。

ある日、私は自分の将来について想像してみた。2~3年後の私はまだ試作に納得がいっておらず、さらに5年後くらいの私は自分でブランドロゴを作ろうとあがいていた。

いかん、これはいかん。何でも自分でやろうとして物事がうまく運べなくなるのは私の悪い癖だ。まったく進歩していない未来に恐怖した私は、心当たりのある竹浪(たけなみ)さんに連絡をとってみた。竹浪さんとは、”京都市産業技術研究所”という機関に勤めるデザイナーの方である。

数か月前に面識を持った方で、ブランドネームとロゴ作りの助けを求めることにしたのだ。そして、イメージしているブランドを表すキーワードを、思いつく限り列挙して竹浪さんに送った。デザインやブランド運営の知識は全く無い私であったが、コンセプトだけは明確に持ち続けていたのだ。それは、私がそれまでの人生で大きく影響を受けてきた、「一人きりで過ごした時間」に関するものだった。今回はそんな、”erakko”の素となった体験について書かせていただこうと思う。

テキスト:柴田明(erakko)

京都で漆と木工の仕事をしている脱サラ職人。父は職人歴50年のガンコ者。絶望的な経済状況の中でおもしろおかしく生きています。アウトドア漆器ブランド「erakko」を立上げ活動中。

erakko公式サイト

自転車とテント

学生の頃から一人行動が好きな私であったが、その想いをより深めたのは24歳で自転車旅に出た時のことであった。私は新卒入社した会社を2年と少しで辞めた。”自転車で日本一周する” という名目で退職願いを提出したが、それは単なる逃げ口上であった。「なんとなく続けるのが辛くなったので辞めます。」とは言えず、その時たまたま読んでいた自転車旅行のエッセイに白羽の矢が立ったのだ。当時の交際相手に、「自転車で日本一周でもしようかなぁ、、、。」とつぶやくと、「絶対にすべき!」という思わぬ後押しを受けて引き下がれなくなった感も無くはない。

自分の言葉に追い立てられるように退職したのは梅雨も明けきった7月後半で、「大人の夏休みや!」と自転車旅の準備を整えていた。しかし、会社を辞めたことで世間とのつながりを失ったような疎外感は日を追うごとに増していった。そんな漠然とした不安もあってか、出発まであと数日と迫った9月中頃に風邪で高熱を出して丸三日間も寝込んでしまったのである。その三日間、夕暮れになると決まって北側の窓の方で一匹の蝉が鳴きだした。秋の気配が近づくなか、周囲に取り残されたかのようなその鳴き声が自分と重なり、布団にくるまりながらひどく哀れみを抱いたものだった。

とまぁずいぶん弱気な告白をしたが、これがいざ始まってみればたまらなく爽快な日々となった。例の交際相手とは出発した日の早朝に喫茶店で待ち合わせて、「じゃ、おたがい良い人生を。」などとクールに最後の挨拶を交わして別れた。「あとで開けてみて。」と去り際に手渡されたお守りを近くの公園で開封すると中には手紙が入っており、それをベンチで読み一筋の涙で頬を濡らすというありきたりな一幕も演じたが、翌日にはキレイサッパリ忘れていたほどだ。

夕暮れ

きっかけはなりゆきのようなものであったが、自転車旅が始まってみれば気づかぬうちに止まっていた人生の歯車が再び動きだしたように感じられた。予算の都合で野宿生活をしていたのだが、その緊張感も良い方に作用したようで、身も心もかつてないほどにシャキッとしはじめた。いつも、「眠そう」とか「ぼーっとしてる」と言われる私もこの時ばかりは、研ぎ澄まされた刃の美しいきっさきによく似たシャープな横顔をしていたに違いない。横顔の真偽はともかく、出発前に感じていた社会的な肩書を失くした心許なさもしばらくすると消え去った。それどころか、朝日とともに目覚めてペダルを漕いで移動し、お腹が空いては食事をして、日が落ちると野宿をするだけの日々のサイクルに、たまらない解放感を見出すようになったのである。なにもない山や海沿いの道で一人きりのんびり走っていると、ただ生きているという手ごたえを強く感じ、笑いだしたくなるほど胸がすくという妙な状態になることもよくあった。

次のページに続く)

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