赤煙突

5、6年ほど前、京都の茶わん坂にある焼き物屋で一枚の皿を買った。その皿がきっかけで、僕は焼き物に興味を持ち、民藝の世界を知り、全国各地の手仕事について調べるようになった。

その器は、店に並んでいる京焼のなかで、明らかに異彩を放っていた。灰色の土の上に優しい乳白色の粉引が塗られているのだが、その刷毛目には、やけに勢いがある。形も肉厚で重厚感があり、表面はまるで岩肌のようにゴツゴツしている。

手に取ってまじまじ見ていると、店員さんが、その作品はベルギー出身の男性が作っていると教えてくれた。40年以上前に陶芸を志して京都に移住してきたそうだ。身長が2m近くある巨漢で、流暢な京都弁を話すという。

その話を聞いて腑に落ちた。たしかに作品はどれも大振りだし、日本の食器にはないステーキ皿のようなものまである。作り手の個性とかの話ではなく、ルーツとか文化のレベルでの交差を感じて面白いと思った。

さて、今回は備前焼の話だ。取材させていただいた職人さんは、備前で生まれ、若い頃に京都で修行をして備前に戻ってきた人。彼の作品を見ると、ベルギー人作家と似たような感覚を覚える。仁堂窯の4代目、大森宏明さんにお話を訊いた。

仁堂窯 大森宏明

曽祖父の代から続く仁堂窯の4代目。代々、小振りの細工物を得意とする窯で、宝瓶や香炉などの作品で知られる。4代目は現代の生活に密着した商品作りにも力を入れている。

岡山県備前市伊部983

ビアマグご飯茶碗

大森さんが陶芸をはじめたきっかけは何ですか?

私の家はもともと備前焼をやっていて、私で4代目です。なので、子供の頃から祖父の仕事場で遊んでいたり、非常に身近な存在でした。

それでは、子供の頃から将来は備前焼をやろうと?

いえ、子供の頃はまだはっきりと決めてはいなかったと思います。陶芸を仕事にしようと真剣に考えはじめたのは高校生の時ですね。私はその頃、絵を描くのが好きで美大に通いたいと思っていたんです。それでいろいろと大学を探していると、京都の大学に陶芸科というのがあることを知りました。京焼なら絵付けができるし、自分は焼き物も作れるので、その大学で陶芸を勉強することにしました。

京都での修行生活はどうでしたか?

私の通っていた大学の教授がとても繊細にろくろを挽く人で驚きました。ずっと備前焼を見てきた私には、まるで魔法みたいに見えました。それから2年間はどっぷり京焼に引き込まれました。大学を卒業した後も京都の陶房に住み込みで働きましたが、その頃はバブル期でとにかく忙しかった。朝の7時に起きて、夜の10時まで仕事する毎日でした。

その後、備前に戻ってからの作品づくりはどうでしたか?

京都で勉強してから改めて備前焼を作ろうとしたときは、ギャップに苦しみました。京焼と備前焼では、根本的な厚さだったり、作り上げる形がまるで違う。絵付けも色付けもできない。どうしても手が自然と京焼の形を作ってしまうんです。備前焼に求められるのはそういうことじゃないと頭では分かっているけど、それが難しかったです。

大森さんの作品は備前焼なのにどこか洗練された印象を受けます。

京都で修行したことが大きいと思います。例えばビアマグのような最近の商品は薄めに挽いて作っています。火襷の色合いや模様にも、この形が合うと思っています。焼酎呑やぐい呑は、昔ながらの備前焼のように厚めで歪めて作ります。最初からぐにゃぐにゃ歪めるのではなく、綺麗に挽いてから歪めるということが自然にできるようになってきました。

宝瓶宝瓶

仁堂窯の看板商品はありますか?

うちは昔から細工物が得意なんです。特に宝瓶(ほうひん)という煎茶を淹れるための茶道具は、昔から代々作られている品物です。最近は中国から宝瓶を求めて備前に買いに来られる方もいます。どうやらこれで中国茶を飲むみたいです。

作品づくりのこだわりを教えてください。

使いやすいものを作りたいと思っています。実際に使って喜んでもらいたいんです。従来の備前焼よりも薄手で軽いお皿などは使いやすくて人気があります。あとは、やっぱり線ですね。京都で修行したのでフォルムにはこだわりがあります。

登り窯土作りの道具土作りの道具甕

大森さんのお父様(3代目)に登り窯と作業場を案内してもらった。仁堂窯では代々、細工物などの小物を作ることが多い為、備前の一般的な窯よりも一回り小さいサイズの登り窯を使っている。土は昔ながらの方法で手作りしている。3代目が使い込まれた道具類を見せながら「原始的でしょ?」と言って笑いかける。

大森さんは両親から家業を継いでほしいと言われたことは一度もないという。実際に備前焼を仕事にするというのは、とても大変なことで、自分の子供にも後を継いでほしいとは思わないそうだ。非常に特殊な職業だから、今後この仕事で食べていける保証は何もない。もしやるのであれば、相当な覚悟をもってやらないと続けられないという。

とても切実で、とてもリアルな言葉だと思った。伝統工芸という大きな言葉を使って語ると、ついつい忘れがちになってしまうが、それを生涯の仕事にするということは、一人ひとりの人間の非常にプライヴェートな問題でもあるのだ。それでも、できるだけ長く続いてほしいと思うのは、やっぱりエゴだろうか。自問自答しながら、ひっそりと応援していきたい。

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備前で代々、焼き物を作っている老舗の工房。京都で修行した4代目の大森宏明さんの作品は、備前焼としては薄手で洗練されたフォルムをしている。

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