私にはお気に入りの田舎がある。京都盆地の西側にそびえる愛宕山系を越えた先に広がる亀岡市である。これまた盆地で、東側の山のふもとに広がる棚田の上からは美しい夕日が望めるのだ。
その町へは私の住む町から車で片道1時間ほどを要するが、学生の頃から10年以上にわたって頻繁に訪れてきた。いつしか夕陽がきれいに見える亀岡の棚田の上に仕事場を構えるのが夢の一つになった。そうなれば仕事の合間に夕陽を眺める事も可能になる。
ある日、経営者である友人を車の助手席に乗せていた時のことである。私は例の夢の件を話していた。そして、友人は言った。
「ねぇ、それ、いつやるの?いくら必要なの?物件はどうやって探すの?」と。
林修先生のように「今でしょ!」と奮起させる風ではない。経営者らしく淡々と具体的な計画を問われ続けるが何も答えられない。
私は、自分がなんら具体性を持っていない夢を語るだけの矮小な男であると自覚させられた。それでも友人からの質問は続く。それは私にとって精神的拷問に等しかったといえる。
恥ずかしさで耳は真っ赤になり、発火寸前のところでようやく話は終わった。いつまでも夢見る少年ではいられないと思った私は亀岡地域で仕事ができる空き家探しを始めた。
テキスト:柴田明(erakko)
京都で漆と木工の仕事をしている脱サラ職人。父は職人歴50年のガンコ者。絶望的な経済状況の中でおもしろおかしく生きています。アウトドア漆器ブランド「erakko」を立上げ活動中。
erakko公式サイト
物件探しにおいては不動産屋の価格に対応できる気がしなかったので心当たりのある知人を頼ったのだが、二人目で有力情報に至った。
前年の夏に知り合った南丹市在住のM氏の近所で仕事場に向いた物件があるという。南丹市は亀岡市の西隣である。京都市から通うには少し遠くなるが、南丹市もいつもの散歩コースなので魅力的。
その連絡をもらった時点で私の心はほぼ決まっていた。理想を追い求めすぎるとキリがないだろうと猥褻ビデオから学んでいたからだ。
その動画作品をフィニッシュに向けてスマホ片手に閲覧を始めるも、「もっとフィニッシュにふさわしい作品があるのではないか?」と、欲をかき次から次へとハシゴしがちである。本来であればゴールを飾るにふさわしい内容であっても、それまでに却下してきた数と費やした時間が増えるにつれて合格ラインは引き上げられてゆく。そしていつまで経ってもゴールテープを切る事ができず、時間のかけすぎによってキ〇タマが痛みだすという結果を招くことが往々にしてある。
行き着く答えはいつも同じである。
「最初に選んだ一本が充分に合格ラインを超えていた。」
その教えに従い、私はご縁のあった物件の詳細を確認せずに他をあたるのをやめた。そして見学の日がやってきた。
(次のページに続く)
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