孔雀になった少年
「ねずみ大根を土から引き抜く瞬間の“キュポッ”という感じがいいんですよ」と言う人がいた。観察していると、多くの人が「キュポッ」の後に下膨れ具合を確かめている。参加者の中で特に目を引いたのが、子どもたちだった。手際よく大根を抜いて葉を落としていた小学生に「上手だね」と声をかけると、照れた様子で笑顔を見せてくれた。隣にいたおばあさんは「この子は地元の子だから慣れてるよね」と言って、眩しそうに孫を見ていた。
長野市から参加したという別の小学生は、次から次へと大根を収穫し、山のように積み上げていた。両親に話を聞くと「ねずみ大根を分けてほしいって知り合いにも頼まれているので」とのこと。話をしている間も、子どもはとりつかれたように大根を抜き続けていた。小さい子が、その手にちょうどいい小さめのねずみ大根を持って歩いている姿もかわいい。
収穫作業がひと段落し、パンパンになったビニール袋を抱えた人たちが帰り始めた頃、「クジャクでーす」という声が聞こえた。振り向くと、確かに孔雀がいた。大根の葉を首の周りに飾った子どもが畑を歩いていた。そのキラキラした笑顔が収穫の楽しさを表していた。
おしぼりうどんについて
ねずみ大根や中之条大根をすりおろし、布巾でしぼった汁にうどんをつけて食べるおしぼりうどんは、坂城の家庭で昔から食べられてきた。つけ汁は辛みが強いため、中に味噌やかつお節などを入れるのが一般的。食べれば体の芯から温まる。「胃の弱い人はつけ汁を飲まないでください」と優しい忠告をしてくれる店もあるくらいで、どんなに薬味を入れたつけ汁でも飲むと胃の形がくっきりとわかるように熱くなる。
ねずみ大根の収穫は年に1回だが、以前畑を取材させてもらった「かいぜ」では、おしぼりうどんとおしぼりそばを1年中提供している。大根の保存については、粉末にする、缶詰、真空パックなど様々な方法を試したが、結局葉を落としてから冷蔵庫に入れておくのが一番良かったという。だから店の奥では、6畳と4畳半の冷蔵庫の中で1年分の大根が出番を待っている。
辛さを見極める
「かいぜ」を営む片山しさ子さんにつけ汁の作り方をたずねると、細部にまでこだわりが散りばめられていた。ねずみ大根も中之条大根も、おろし金に対して90度におろさないと辛みがとぶ。手でおろそうとすると、大根が硬いため斜めになってしまうことも多いが、それでは本来の辛みは出ない。理想の角度で早くおろすにはジューサーが適しているという。家庭で少量のつけ汁をつくる場合、ねずみ大根はしっぽがついている方が辛いことも考慮する必要がある。
店では、ねずみ大根と中之条大根をブレンドしてつけ汁を提供している。毎日同じ味になるよう、しさ子さんが2種類の大根をおろして辛さを確かめ、配合を調整しているという。舌が辛さを細かく見分けられるようになっている。つけ汁をそのまま味わうと最初に甘みを感じ、その後に辛みが追いかけてきた。吉一さんとしさ子さんの手でつくられた究極の「あまもっくら」がここにある。
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「坂城のねずみ大根」初めて知りました。いつか坂城に行って、食べてみたいと思いました。レポートも素晴らしい。貴重な情報、有り難うございます。