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柴田明

私が父の漆工房に弟子入りしてから7年後、私も自分の工房と弟子を持つ身となった。それをきっかけに今回は、私が父に弟子入りしたての1週間を振り返ってみたいと思う。

弟子入りは2015年の11月。修行を始める前にまず、工房で私が作業をするための空間を確保する必要があった。父は整理整頓どころか掃除もあまりしていないようで、工房は足の踏み場もないという有様が常態化していることは知っていた。

まだ私が京都の会社に勤めていた時に父が地元新聞の取材を受けたことがある。「柴田君のお父さんが今朝の新聞に載っている」と社内で知られてしまい切り抜かれた記事が回覧されるという辱めを受けた。

「漆塗りは絶対にチリやホコリが入ってはならず、細心の注意をはらってうんぬん」という語りとともに父の写真が掲載されていたのだが、それがいけなかった。写し出された部屋は大地震の直後のように床が無造作な物で埋め尽くされており、チリやホコリが降り積もっていること必至であった。

その語りと乖離した写真を見た同期入社の山田君は「なにかの冗談かと思った」と言い、社長も「これ絶対ホコリ入るやん!なぁ!」と嬉々として同意を求めてきた。つまりはそういう状態なのである。

しかし、それでいて知り合いの職人は、父を「現代の名工」と呼ぶほどに塗りの腕がいいと言う。なかでも得意なのが「真塗(しんぬり)」である。それは「最後のひと塗り」を仕上げとして、その後に研いだり磨いたりしない事から「塗りっぱなし」とも呼ばれる。

つまり、塗りの際にチリやホコリが付着して漆が乾いてしまうと、研ぎや磨きでの誤魔化しがきかないのである。その真塗を乱雑な部屋でこなすのだから、やはり現代の名工というべきなのか。

テキスト:柴田明(erakko)

京都で漆と木工の仕事をしている脱サラ職人。父は職人歴50年のガンコ者。絶望的な経済状況の中でおもしろおかしく生きています。アウトドア漆器ブランド「erakko」を立上げ活動中。

erakko公式サイト

作業場

ともかく片付けは私の作業場となる板の間から着手することになった。その部屋は玄関を入ってから父の作業部屋との間に位置しているのだが、天井付近までダンボールがうず高く積まれている。ダンボール同士の隙間は非常に狭く、訪問者は体を横向きにして通り抜けなければ父のもとへと辿り着くことができない。奥の和室も同じ状態である。

もはや捨てる事でしかスペースを確保できないのは明らかだ。ダンボールを開封して中身を確認していくのだが、捨てる捨てないで口論をくりかえす。その中で不可解な父の言動があった。それが、「預かりモンやぞ!」という主張である。しかも割と頻繁に「預かりモン」が出てくる。

私は、「預かっているのなら返せばいいじゃないか」と当然の疑問をぶつけた。大幅にスペースが空くのなら、この際レンタカーを借りて私が返却に回ってもいい。だが父からは歯切れの悪い回答しか得られず、「預かりモンや!」の一点張りである。

一週間後にはその謎が解明されたのだが、なんのことはない。「これに漆を塗ってくれ」と持ち込まれ続けた木地に手を付けられないまま幾星霜。いつしか無言でそびえ立つようになったというのが事の真相だ。

偉そうなことを言っていた私もいまや、「預かりモン」という罪をいくつか背負い込んで生きる身となった。父と同じ道を辿っているという事は、私も現代の名工に一歩近づいたと言って差し支えないだろう。預かりモンがどうなったかはご想像にお任せするとして、処分品はかなりの量になった。

次のページに続く)

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