背水の陣をしいて新潟へ
出発の日の朝、ありがたみを噛みしめながら机の引き出しを開けた私はわが目を疑った。
「ん?、、、お金が、、、ない、、、。」
引き出し上段に現金が入っていたはずなのだが。見当たるのは散乱した文房具。いつどこで作ったのかも憶えていない会員カードの束。いつどこで交換したのかも憶えていない名刺の束。
見間違いかと思い、一度引き出しを閉める。もう一度開けてみても、やはり現金は入っていない。おかしいなと思いながら引き出しをまさぐっているうちに、10万円近くもする木工機械を購入していたことを思い出す。
わが銀行口座は2つあるが、片方には千円ほど、もう片方の口座には数百円の残高しかないことは憶えていた。その時点での財布の中身は1万9千円。私にしてはたくさん入っていたのでリッチな気分を味わっていたのだが、あろうことかそれが全財産であったとは。
新潟の会場へは車に荷物を積んで向かうのだが、京都からは最短ルートでも500キロ以上ある。単純に片道のガソリン代と出店費用を合わせただけでも1万4千円が必要となる。つまり、どう節約しても現地で売り上げを確保しなければ帰ってくることができない。
かといって出店を取りやめるはずもない。私は背水の陣をしいた武将が見せたであろう凛とした面持ちで、肌寒さの残る早春の京都を出発した。
出発から二日後の朝、下道を走り続けて無事に会場へと到着。設営まで終えたはいいが、一つの問題があった。それは、「お釣りどうするんだ問題」である。この時点での所持金は千円札が4枚きりだった。お客さんに渡せるお釣りも、4千円分が上限ということである。
イベント販売では、お釣りは各自十分に用意するというのが常識である。というか社会人としての常識だろう。しかし、この時の私は心配する反面、背水の陣をしいていたがために、「無いもんはしょうがないやん」と開き直り気味でもあった。(運営の方々、すみませんでした。)
そして、イベント開催を知らせる放送が流れて間もなく購入者が現れたのだが、いきなり万札での支払いだった。「すみません、お釣りが足りないです、、、」と言って万札をくずしてきてもらうことになった。(お客さんもすみませんでした。)
それ以降は千円札のストックができて、お釣り問題は無事に解消された。
会場ではたくさんのお客さんに恵まれた。京都のエジソンが作った、画期的ではあるが若干の難がある試作品に興味を持ってくださる方がたくさんいたのだ。来場者の方々にとっても、めずらしいモノが破格の値段で手に入る楽しいイベントであったと思う。
股間がふくらむ展開こそなかったものの、出店者の方々や運営の方々も気持ちのいい方ばかりで心も洗われた。京都に帰ってからもほくほくとした気持ちが持続していた私は、ついついお隣さんの敷地まで草むしりをしたほどだ。
そしてこの時私は、心洗われながらも、一人のフランス人女性に嘘をついていた。次回、フランス人来たる。お楽しみに。
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イラスト:SORRY.
和菓子好きイラストレーター。デザイン会社での経験を経て、現在はフリーランスとして活動中。ショップやラジオ番組のロゴデザイン、雑誌の挿絵などを制作。
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写真:其田有輝也
erakko おとも椀
erakkoは、京都・山科に工房を構える柴田漆工房の二代目が旅の道具を作りたいと立ち上げたブランドです。木地作りから漆塗り仕上げまで、全ての工程を自社で行っています。
旅やキャンプなど、アウトドアで過ごす大切な時間に天然素材のうつわでおともしたい。そんな気持ちから生まれたのがerakkoのおとも椀です。天然素材である木と漆を味わうだけでなく、アウトドアで使うための工夫を施した本格派の作りになっています。
カエデ、ケヤキ、ヤマザクラ、ウォールナットなど、おとも椀の木地には様々な樹種を使用しており、それぞれがもつ個性を引き出すことにもこだわっています。木肌の色や木目を活かすため、拭き漆に使用する漆は樹種ごとに使い分けています。
おとも椀には、高台(こうだい)といわれる底の立ち上がりがありません。野外での使用を考え、重心を低くして転びにくくするためです。これ以上ないシンプルさと、ふんわりしたやさしい丸みで、いつまでも両手で包み込んでいたくなるお椀です。
erakko おとも椀を購入する
旅やキャンプなど、アウトドアで過ごす大切な時間に天然素材のうつわでおともしたい。そんな気持ちから生まれた木と漆のお椀です。樹種はカエデ、ケヤキ、ヤマザクラ、ウォールナットの4種類からお選びいただけます。
生産地:京都府
サイズ:Φ110×H55
仕上:拭き漆
付属品:風呂敷(むす美 / 日本製)
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