
一日も、一年も、一生も。
私たちの生きる時間は、大きさも色もさまざまな巡りで溢れています。
ひとつの巡りを終えたら、次のひと巡りへ。
ひとつの巡りの中で、小さな巡りがいくつも起こっていたり。
巡りはくり返し、重なりあいながら、人生は満ちていくのでしょう。
これは、沖縄県竹富島在住の写真家・水野暁子(みずのあきこ)と、
神奈川県の西湘地域を拠点とする文筆家/映像作家・関根愛(せきねめぐみ)による
往復書簡『あきことめぐみの、旅のひとめぐり』。
旅の途上で出会う人びと、風景、すてきなもの、時間とのさまざまな巡りあいを、
言葉と写真を通してささやかに伝え合います。
あきこさんへ
先日はお便りをありがとうございました。ものではなくて、経験を贈る。あきこさんはすてきなお母さんだなあ、と思います。そして、すてきなお母さんに育てられたからにちがいないなあ、と思います。あきこさんから贈られたはるちゃんのいのちが、生まれた日がくるごとにどこまでも伸びやかにひらいていくような、そんな景色が浮かんできました。

きょうは、先日たずねた沖縄本島でのことを書きます。あきこさんの暮らす竹富島はすぐそこのようで、まだ少しとおい感じ。本島へと降りたつのは、かぞえてみたら大学生ぶり。あきこさんもご存知、今帰仁のはなうた書房さんをたずねました。川のほとりにたたずむ古民家を、店主の勅使川原寛子さんと夫で大工の伸夫さんがきれいにして、おだやかな空気が流れています。
本州では、まだむっくりした蕾のままですが、ここでは寒緋桜が咲きほころんでいました。そのとなりで、シークヮーサーをあおいときに摘まないでおいて、オレンジ色におおきくなったクガニ(というのを、はじめて知りました。甘かった!)が天たかく、たわわに実をつけていました。あれは、昼間の星のようです。
空気は湿っていて、午後の陽射しは夏がくる予感にも満ちていて、それでいて時おり、わすれるなとひんやりした風が頬をうつ。沖縄の大地では冬と、春と夏が一緒になっていきているみたいですね。

はなうたさんには、すぐそばに、少しづつととのえている途中の「はなれ」があります。この日も、伸夫さんが手入れをしていました。そこで、染色家のkitamioさんが作品の展示販売をしていました。
奈良で生まれたmioさんは、大学進学で沖縄へやってきました。在学中から染色工房kittaに入り、染めものをはじめたんだそうです。いまは独立し、今帰仁に暮らしながら、ご自身で採ったモモタマナ(クワディーサ)やフクギ、琉球藍、相思樹や、仕入れたインド茜、コチニール(貝殻虫の死骸)をつかって染めています。mioさんは、植物や自然のリズムがあるから染めはおもしろい、と言いました。



沖縄へきて、冬なのに花があちこちで咲いている、とうれしくなりました。それも色とりどり、形とりどりのです。私の知る冬にはない色が、ここには散りばめられていて、私がじぶんをはめることのできない形がさまざまにある。mioさんの染めものも、花でした。花に、いいもそうでないもありません。だから花をえらべといわれるみたいに、さんざんかばんを左右に提げて鏡にうつしてみたり、歩いてみたりしたわりにひとつにえらび切らなかったんですけれど…。mioさんの染めたものを身に添わせると、じぶんと纏っているものの境界がぼやけるような感じがしました。mioさんは四月、鎌倉でも展示されるそうなので、そのときまた、折をみて訪ねるつもりです。
(次のページに続く)
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