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コットンペーパー

mioさん、コットンペーパーの作品もつくっています。服をつくる時のはぎれを用いてなにかできないかと、はじめたのがはじまりだそう。もとは布の産地、インドや、オランダで主流でした。服にしたときの繊維が陰影濃淡さまざまに、のこっている感じが特徴。紙は木から、とどこかでおもっていた節がありましたので、布からできた紙のうつくしさや手ざわりは新しいものでした。万華鏡みたいに、手にとる角度でちがう景色がみえてきます。あるいは、光へかざしても。

コットンペーパーコットンペーパー

記念にいちまい、コットンペーパーを買わせてもらいました。渋くて、かっこいいんです。モモタマナの鉄媒染を刷毛で垂らしていくと、こんなふうな模様ができるんだそう。ところで私の部屋に、神さまのスペース、と呼んでいる場所があるんですよ…私に特定の神さまはいないですが…心がしん、となるものをあつめて、その前に立つと深く呼吸のできるような場所があるといいと思って、部屋の隅につくったんです。日本橋の古物屋でみつけた薬箪笥みたいなちいさなのに、韓国でみつけた祈りをささげる人のポストカードとか、ガレット・デ・ロワに入っているフェーヴの小ゆびほどの人間と牛とか、紅型染めの塩(マース)袋とか、好きな本から拾った好きなことばをメモに書いてならべています。そこへ、mioさんのモモタマナの紙も仲間入りです。いいおみやげができて、とてもうれしい。

床は砂浜でした。まるで、という意味です。mioさんのパートナーが漂流物でつくったという、ガラスのこじんまりした置物やゆびわたちが、波に洗われたそのまんまのように並べてあった。波や雲みたいにひとつづつ、すこしづつ形のちがうゆびわをはめてみました。ちょうどその日、新品で買ったガラスのゆびわをしていたんですが、くらべて断然ちがうのです。漂流物でできたゆびわには、漂ってきた時間がつまっていました。風や陽や水や塩とたわむれていた、無為の時間のようなものが。目をとじたら、そのまま遠くの景色のなかへ連れていかれてしまいそうです。

離れの庭におちていた、銀ネムの葉はノートにはさんで持って帰ってきました。茶色の豆粒が、なかよく並んでいるみたいな模様を気に入って。この木はもともと、メキシコの木。それが沖縄にはよく生えていて、屋根にどっさり溜まってしまうと一面、葉の色が落ちて屋根がまっくろになってしまうとか。

漂流物銀ネムの葉

あきこさんにおしえていただいた、普天間の佐喜眞美術館もたずねましたよ。米軍基地にめり込むようにひとり静かに、まわりの緑の木々、植物、花たちとともにりんと建っていた。これがこうしてここにあるのに、どれだけの力が尽くされたろう、と想像します。昨夏おとずれた、長野の無言館(戦没画学生たちの遺作などを展示)にもつうずるものがありました。美術館であり、慰霊の場でもあるのです。沖縄戦の慰霊の日にあわせて、六段と二十三段に設計された階段をのぼってたどりつく屋上から、見渡した基地はからっぽの墓のようにみえました。それは視界のむこうでしずかに横たわる海にも、真下でいちめんに繁る沖縄の生命力ゆたかな緑の木々や草花にもかなわない。ここで生きて、死んでいった一人ひとりのいのちの尊厳にも。

かべ一杯におさまらないほどの連作『沖縄戦の図』(丸木依里・丸木俊)をこの目でみることができて、よかった。あの作品には、描きあげた筆にのっているもののすごさと凄まじさに類をみないものがあると思います。沖縄戦の写真や資料など、たくさんを幾度もいくども参照され、みずからの身体のうちにかぞえきれない死者たちを招き入れ、苦悩をかさねながら混ざりあい、かれらの生を息をその命のうちに微細に甦らせ、全身へと漲らせながらものすごい胆力と覚悟にて描かれていったのじゃないか、とおもいました。それを祈りだとおもったのです。生きている者から、死んでいくしかなかった者への。丸木さんご夫妻は亡くなりました。その絵を、みつめる私は今生きている。いのちは巡るのだから、どのいのちも自分かもしれません。

あきこさんの大切な先輩でいらっしゃる、学芸員の上間さんは時間のかぎり、基地の成り立ちをくわしくお話してくださいました。館長の佐喜眞さんもいらしたので、あきこさんのことをお話すると、あきこさんのおじいさまで彫刻家の上野誠さんの冊子を「昔のだけど」と差し出してくださった。日の沈むほうへむかってほほえんでいる、表紙の上野さんのお写真は、どことなくあきこさんに似ています。ひとはこの世を去っても、なんにも去っていないのですね。浜比嘉島でぐうぜん会い、しばしお話のはずんだデザイナーのおふたりも、聞けばあきこさんのお知りあいでした。なんだかあきこさんに、とおく南のやらかい風のむこうから手招いてもらっているような、沖縄の旅でした。

空と海

この場所でこうしてやりとりするのも、これで最後です。あきこさんの綴っていた「ひとり」という言葉、とてもいい言葉に聴こえました。切なくて爽やかです。ふしぎですね、同じ言葉を用いても、ひとによってひびきが変わります。

ひとは皆ひとり。そう感じることを、手放したくないと思っています。ひとりでいるときほど、ひとりじゃないということを、まっすぐ感じます。この先も、人生という終わりない旅をつづけていきましょう。とりとめのない旅のお便りを受けとってくださって、ありがとうございました。

竹富島のあきこさんへ。二月に入ったばかりの満月のよる、京都の北野天満宮そば、韓国粥のおいしいお店で、これを書きました。

めぐみより

協力:はなうた書房

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協力:kitamio

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テキスト・写真:関根愛

文筆家、映像作家。書籍に『やさしいせかい』『ひとりでいく』『憶えている人』。他に、ひとりでご飯をたべる人々を撮影した映像作品及び自身によるパフォーマンス『ひとりで食べる/Eat Alone』、全国各地の高齢女性のライフヒストリーを記録する動画シリーズ『ばあばのおだいどこから』など。上智大学外国語学部卒。

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