指先の感覚だけが頼り
扇骨は一見シンプルな部材に見えますが、実はかなり繊細です。しかも、扇子の種類が多い分、扇骨の種類も多く、もちろん作り方も異なります。
吹田さんの父の実家も扇骨作りをしていました。すいた扇子は、今から80年ほど前、その父が分家すると同時に創業しました。吹田さんは1948年生まれで、父の扇骨作りを見ながら育ち、15、16歳のときには後を継ぐことを決めたといいます。以来、吹田さんの職人歴は60年近くになります。
その吹田さんは「指先の感覚だけが頼りの作業ばかりになる。なにも考えなくても自動的に指が動くようにならないといけない。そのため、一人前になるのに10年やそこらはかかる」と言います。
かつての高島の風物詩 天日干し
扇骨の1番外の骨を親骨、内側の骨を仲骨といい、親骨は18の工程、仲骨は16の工程があります。
どちらも最初は、扇子の種類ごとに決まった長さに竹を切る「胴切り」から始まり、全部の骨を要のところで締める「要打ち(かなめうち)」で終わります。ただ、全部を一人でやるわけではなく、分業制になっていて、職人の手から手へと渡っていきます。
すいた扇子では、ざっくりとした整形まで終わっている竹材を仕入れます。それを天日に干すところからが吹田さんの担当です。これにより竹の青みが消えます。この天日干しは古くは安曇川の河原で行われていて、高島の風物詩になっていました。今は、吹田さんは作業場の外に砂利を敷いて、そこを干し場にしています。
そこからは、削ったり、磨いたり、色を着けたりします。最後、仲骨の場合、厚さはほとんど紙ぐらいしかありません。それを「要打ち」して、ようやく扇骨としての完成です。吹田さんのところでは、ここまでを担当しています。
意外に多い扇子の種類
扇子というと、まず思い浮かぶのは、暑いときに涼を取るものでしょうか。用途で分ける場合、これは夏扇子(なつせんす)といいます。ほかにも主なものだけでも、次のような種類があります。
- 舞扇(まいおうぎ)=日本舞踊や歌舞伎で用いられる
- 仕舞扇(しまいおうぎ)=能や狂言で用いられる
- 高座扇子(こうざせんす)=落語家が高座で使う
- 茶扇子(ちゃせんす)=茶席で用いられる。開くことはほぼなく、あいさつのときに前に置いて相手との結界(境界)を作る役割をする
- 飾り扇(かざりおうぎ)=玄関や床の間に飾る
- 祝儀扇(いわいおうぎ)=結納や結婚式などお目でたい席に持参する
こうやって見ると、日本の伝統芸・伝統行事のあるところには必ず扇子があるのがわかるのではないでしょうか。もちろん、扇骨もこれらと同じだけの種類があります。
また、主に扇面に注目しての素材別の分け方もあり、紙製と布製に大別されます。
地元で扇面まで作る近江扇子とは
実は、高島でも、扇面を貼り合わせて、最終製品の扇子も作っています。京都で完成品にした扇子を「京扇子」と呼ぶように、これら高島で作られる扇子は、「高島扇子」、あるいは、「近江扇子」と呼ばれます。
扇面を貼る技術は扇骨作りとは全く違うため、吹田さんら高島の扇骨屋さんは、地元にいる専門の職人に外注しています。吹田さんのところでは、35年ほど前から、こうやって完成品にまでした扇子を店におくようになリました。
近江扇子は、「琵琶湖の湖魚や大津絵、近江八景など滋賀県を強調した図柄が多い」とされることが多いようです。ただ、これは道の駅などでみやげものとして置かれたものに限っての話のようです。実は、吹田さんのところでは、使う人や団体から直接注文を受けることも珍しくありません。どんな図柄にするかは、もちろん注文主次第です。
落語家たちに愛用される高座扇子
吹田さんが、直接注文を受けることが多い扇子のひとつが高座扇子です。実は、関西の落語家に吹田さんの作る高座扇子の愛用者が何人もいます。古いところでは、3代目桂米朝さんがおり、今ならば、その長男の5代目桂米團治さん、6代目桂文枝さんなどがいます。
彼らの演じ方ひとつで、高座扇子はうどんを食べる箸になったり、荷を運ぶ天秤棒になったりします。吹田さんによると、高座扇子の場合、肝になるのは「閉めたときにぱちんと音が鳴るぐらいに、カチッと作っているかどうか」なのだそうです。でないと、演じる人のしぐさにも締まりが出ません。
落語家たちは、高座扇子を舞台で使うだけではなく、お祝いごとがあるときに、ごひいきさんや関係者へのお遣いものにもします。大物落語家ともなると、作る数は1,000本、2,000本です。
人気テレビ番組の『笑点』に出演する落語家にも、吹田さんのところの高座扇子を使っている人がいます。「東京の落語家さんたちなので、わざわざお店にまで訪ねてきた方はいません。しかし、『大喜利』の受け答えの中で、ぱっと扇子を広げると、『これ、うちで作ったやつだ』とすぐにわかりますよ」
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