誕生日の朝
そもそも、この「早いもの勝ち」というルールにも暗黙の了解がある。要綱には「笛が鳴る前の場所取り」や、「いつものこの場所は俺のだ」という行為はいっさい禁止と明記されている。
しかし、以前出店した時の事である。ホイッスルが鳴らされる数分前に「初めての方はいませんか~。」と運営の服を着たオジサンが言っていたので手を挙げた。
すると、「いつも出店する人の場所があるから、一通りみんなが場所を取り終えてから空き場所を探すように。」と言われたのだ。
「オッサン、要綱と真逆のこと言っとるやんけ、、、」とはもちろん心の中だけにとどめておいたが、古都らしく慎ましいやり方だなと感じるのである。
そんな華麗なる場所取りのために早起きしなくてはいけないのだが、その日私は寝坊した。そしてついでに、受付で出店料金の支払い時に渡さなければいけない「出店許可通知」を家に忘れてきた。
受付でそのことを告げると、「ここに名前と住所を書いて。」と、にべもなくクリップボードに挟んだ紙を渡される。そのタイトル欄にデカデカと、「マイナスポイント加算要素」と書かれていた。
私は31歳を迎えた最初の朝にいきなり「減点制裁」を食らってしまい、いくぶん気持ちが落ち込んだが、すぐに「勝手にしやがれ!」と開き直った。まぁこれは出店許可通知を忘れてきた私が悪いのだが。
寝坊の話はともかく、この日は年2回の恒例行事となっている山田君とのキャンプの日でもあり、昼過ぎにその山田君が会場に来てくれた。山田君とは、新卒入社した会社での同期である。連休がとれたのがたまたまその日だったというが、もしかすると私の誕生日を狙ってきたのかもしれない。
見た目はお堅いインテリ系メガネ男なのだが、出世その他に無頓着でマイペースな人物である。そんな山田君の趣味は「惰眠をむさぼること」だそうで、予定のない休日は朝から晩まで寝ているらしい。「夕方頃に虚しい気持ちに襲われへんか?」と聞いても、「いい一日やったなと感じる。」というから、まったく変わった男である。
そんなマイペースな彼も、私の放置型接客スタイルは目に余ったらしく、「接客せんでええんか?」と質問を投げかけてきた。私はお客さんに自分から声をかけない。商品について質問された時だけその重い口を開く。
そもそも私は人見知りである。引きつった笑顔で話しかけたところで相手だっていたたまれない気持ちになるだろう。そして気まずさを感じた相手にそそくさと立ち去られたら私だって悲しい気持ちになる。だったら最初から潔く読書をしたり、パソコン作業をしたりして店番だけしている方が有意義というものだ。
一度、私がその童顔を文庫本だけに傾けて集中力の全てを注いでいたら、お客さんから「あの、、、お父さんかな?店主はいる?」と聞かれたことがある。「私が店主ですが。」と名乗った時の、相手の微妙な表情を私は今でも覚えている。
などと持論と思い出を山田君に展開しているうちに手作り市は終了した。
お店で夕食をとり、キャンプ予定地としていた河原へ向かう頃にはすっかり日が暮れてしまった。田舎の闇夜をすべるように車で走っていると、霧が晴れた向こうにそびえる山並みの上空から、盆地一帯を明るく照らす月が現れた。
思わず、「月がキレイやな。」などとうっかり遠回しの告白めいた事を言いそうになったのをギリギリのところでこらえた。
そして、月明かりに照らされながら橋の下で焚き火をして夜が更けていった。今朝の「マイナスポイント加算」を補って余りある31歳の誕生日であったといえよう。
噂によると、筆者は33歳を目前にしてようやくモノづくりへの意欲が復活しつつあるらしい。だがしばらくは人生の遠回りである絶望日記にお付き合いいただこうかと思う。
次回、絶望日記 第6話「消えた現金」。お楽しみに。
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