はじめての木工旋盤
私が職人としての第一歩を踏み出したその日から、すでに成功を手中に収めたも同然だと考えていたことは皆さまもお察しの事と思う。近くに見えていた理想郷がじつは、心のなかに生きる幻、ガンダーラであると気づき果てのない砂漠で絶望するまでにはだいぶ時間がかかった。それでも新しいことに取り組めたのは、勘違いがもたらす勢いのおかげであったとも言える。
前回の記事の通り、私は27歳で漆塗り職人である父の弟子となり、そのわずか2ヵ月後に無断で木工機械を購入した。当然、分業制の中で漆塗りの技を伝授しようと思っていた父からすると、これは修行の放棄か、あるいは謀反と捉えたに違いない。
漆塗りの作業にチリやホコリが大敵である事はよく知られている。作業中にそれらが付着したまま漆が固まってしまうと、表面に意図せぬツブツブが出来てしまうからだ。そして機械を用いる木工というのは往々にして木粉という大量のチリをまき散らすものであり、漆塗りの厄介者なのだ。時には閉め切った部屋いっぱいに充満した粉塵で視界が白く濁り、無数のプランクトンが浮遊する北極海を彷彿とさせることもある。
そのような空間と神聖な塗り部屋が隣合わせだということは、言うまでもなく許されざる状況だ。しかもその部屋を仕切っているものは、薄い壁と立て付けの悪い隙間だらけのガラス戸一枚だけなのである。
私もチリやホコリが漆塗りの大敵である事は知っていた。だが成功が手招きしている輝かしい自分の未来と、父の仕事とを天秤にかけたところ、瞬時に自分の未来に軍配が上がった。そうして、薄情な息子の手により柴田漆工房に木工機械が持ち込まれたのである。
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