「日光を浴びると、だんだん変化していくんです」
イタヤ細工の工房で、作り手の本庄あずささんが見せてくれたのは、20年以上使い込んだかごだった。飴色に変化し、革のようなツヤと深みが出ているそのかごは、作りたての白い木肌のかごと比べると、経年変化による違いに驚く。
かごを手に取りながら、20年という歳月に思いを馳せた。長い時間をともに過ごしたモノたちは、きっと大切な思い出と共に記憶に刻まれているのだろう、と。
イタヤ細工には、時代をしなやかに超えるタフさと、暮らしに寄り添うあたたかな優しさがある。
農具から日用品へ
イタヤ細工の発祥は、200年以上も前といわれている。産地である秋田県仙北市の雲然(くもしかり)地区は、秋田のなかでも雪が多い地域で、冬は積雪2メートルになることもめずらしくない。そうした厳しい環境で、イタヤ細工は農家の副業、つまり農閑期の冬仕事として始まった。
当時は、農家に欠かせない農具などが作られていたが、近年は、かご、ざる、バックなどの日用品が作られている。なかでもかごは、弁当、パン、カトラリー、収納など、用途によって大きさやかたちが異なり、実用性が重視されている。
雲然に工房を構える佐藤定雄さんは3代目。この道70年のベテラン職人だ。妻の智香さん、姪の本庄あずささんと3人で、イタヤ細工などの編組品を製作している。最盛期には30軒以上あったというイタヤ細工の工房も、今では佐藤さんの工房を含めて3軒になってしまったが、製作工程は昔からほぼ変わらない。
美しく機能的な農具
イタヤ細工を語るうえで欠かせないのは、箕(み)だ。近年は、プラスチックなど新素材に押されるかたちで殆ど作られなくなってしまったが、穀物をふるう、すくう、移すなど、農作業には欠かせない道具として、重宝されていた。
秋田では年末に「箕の市」が開催され、箕を新調するのが恒例だった。お正月に鏡餅をのせて飾る風習もあり、今でも一部の地域では正月や十五夜に、折敷(おしき)としての役目を担っている。末広がりで縁起の良い形と、福をすくうという言い伝えから、神聖な農具として親しまれているのだ。
この地域で作られる箕は、雲然箕(くもしかりみ)と呼ばれ、強くて使い勝手が良いと評判だった。材料に使われるイタヤカエデは寒冷地で育つ木で、しなりが強くちょっとやそっとじゃへこたれない。美しいだけじゃなく、農具としても機能的で優秀だったことがうかがえる。
“木を編む“製作工程
イタヤ細工は、樹皮でもつるでもない、若木の幹を帯状に裂いて編んで作られている。製作の始まりは、山で材料を採ることから。直径10~15cmくらいの若木で、なるべく節がない真っすぐな木を選ぶのがポイントだ。採取した木は乾燥すると木目がくっつき、きれいに裂けなくなってしまうため、すぐ加工にとりかかる。
ドシン!ドシン!と鉈(なた)のような刃物を入れて裂く作業は、まるで薪割りのようだが、力任せに割れば良いというわけではない。年輪に沿って刃物を入れ、木目を傷つけない細心の注意が必要だ。
最後は手で木目をはがすように裂き、適度な厚みになったら、カッチャと呼ばれる専用の小刀でとがった角をスーッと落とす。面取りの作業だ。木くずが目に見えるか見えないか、コンマ数ミリの作業だが、このひと手間が優しい手触りに繋がっている。
バトンを繋いでいくために
工房には、いつも定雄さんと智香さんの和やかな声が響く。まるで夫婦漫才のようなその掛け合いを、傍で優しく見守るのが、4代目の次期後継者あずささんだ。小さな頃から叔父と叔母の仕事を見て育ち、高校卒業後に工房に弟子入り。今年で20年になる。
あずささんが作るかごは、編み目がきれいに整い、かたちがしっかり安定している。実直な性格が、そのまま表れているようだ。頼もしい後継者の登場で工房の未来は明るいかと思いきや、イタヤ細工をとりまく環境は課題もある。
「続けていくうえで一番心配なのは、やっぱり材料の確保です」と、不安を口にするあずささん。ひと昔前は、近くの山や雑木林にたくさん生息していたイタヤカエデも、近年は山が整備され、そう簡単に採れなくなってしまったという。
材料採りのプロである智香さんと、山に詳しい地域の人に助けてもらいながら、毎年なんとか1年分の材料を確保しているが、今後も継続して採れるとは限らない。
技が継承できても、材料が採取できなければバトンは繋がらないため、「叔父、叔母の技をどうにか繋げていきたい」という一心で、材料探しのコツと見分け方を、智香さんから学んでいる。
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変わるものと変わらないもの
暮らしの変化とともに、用途を変えられるのも、イタヤ細工の魅力のひとつだ。わたしは弁当かごを、ここ数年使っている。おにぎりが2、3個入る大きさで、パカッとふたができるタイプのものだ。
カバンのなかをゴソゴソ探って見つけたときの、あたたかな手触りが心地いい。子どもが赤ちゃんのころはお菓子や離乳食、スプーンなどを入れて持ち歩き、今は洋裁道具を入れている。軽いので持ち運びが楽で、気兼ねなく使える丈夫さも気に入っている。
シンプルだけど美しい。素材の魅力を活かしたものづくりは、農家の知恵と技によって生み出されたものと知ると頷ける。
変化の激しい時代だからこそ、なにひとつ変わらない昔ながらの堅実な手仕事と、あたたかな木のぬくもりが、心に沁みる。
暮らしの歩幅にあわせながら、ゆっくりと育てていきたい。
協力:角館イタヤ工芸
テキスト:今村香織
地域に息づく昔ながらの手仕事に惹かれ、それらを広く紹介する活動をしている。問屋業、手仕事ワークショップ、フリーペーパー「いま、秋田村から」の発行など。秋田暮らし4年目。2児の母。
時々、地元の民芸品店で見かけて気になっていました。
著者様が「おにぎりを入れたり、赤ちゃん用品を入れたり」と書かれていて、なるほどと思い、いろんな使い道が思い浮かびました。
材料が採れなくなってしまっているということも初めて知りました。
温かみと発見がある素敵な記事、ありがとうございました。