木工旋盤

だがある日、その流れを無視してアツユキがお菓子を献上しない日があった。食後のお菓子はまだかと思ったが、「おい、今日のお菓子はどうした。」とわざわざ口に出すと、いかにも横暴な感じがするので触れないでおいた。

待てど暮らせどお菓子は出てこないので、「さて、仕事するか。」と立ち上がると、「ぼくはちょっと昼寝してから作業します、、、」とアツユキは片方のヒジをついて横になった。

作業部屋で午後から使う機械の準備をしていると、隣の部屋からガサゴソとカバンを探るような音が聞こえてきた。やがてそれはカサカサとビニールの包装を解くような音になる。「ヤツは昼寝をすると言っていたはずだが?」と疑問に思う。

そして私はピンときた。「あいつ、、、一人でお菓子食べてるな!」

いかにも、「これから昼寝をしますよ」という涅槃像のようなポーズまで見せておいて、私が隣の部屋に移動してから気配に耳を傾けていたのだろう。作業を始めたと判断すると素早く起き上がり、カバンに隠していたお菓子を取り出したか。

なんという卑しさだ。師匠として、いや、人としてこのような行動は正してやるべきだろう。

私は作業部屋と休憩室を隔てる木戸の前に立って耳を澄ませる。アツユキは慎重に事を運べば隠しきれると思っているのだろうが、あまいとしか言いようがない。ヤツはこの木戸の薄さと隙間の大きさを考慮すべきだった。わずかではあるが、カサカサとビニールの音が聞こえる。

むしろその密やかさに後ろめたさが滲みだしており、疑念は確信へと変わった。

私は特殊部隊の突入さながらにバタンと勢いよく木戸を開けた。同時に、「なに隠れてお菓子食っとんねん!」と大きな声をあげた。

突入

アツユキはこちらに背を向けあぐらをかいて座っており、「まさに今、個包装のお菓子にかじりつきました」というポーズのまま上半身だけで振り向いた。その表情は驚きに満ち、目は大きく見開かれている。

やはり隠れてお菓子を食べていやがった。床には同じく個包装のお菓子がいくつか散らばっている。振り向いたままのポーズで、「今日は一人分しかなかったんですよ、、、!」と言い訳をしてくる。

「いや、お菓子を寄越せと言ってるんじゃない。私はただ師匠に昼寝をするとウソをついて隠れてまで食べようとするその卑しい心を、、、」と諭している私をさえぎり、「俺のお菓子や!俺が食べて何が悪いねん!」と開き直った態度をとってくる。

これが師匠に対する口のきき方か。彼が再び社会に出た時に困らないよう、私は先達として粘り強く指導することにした。

「だから一人分しかないなら最初から堂々と、、、」と私が口にするやいなや、「俺のお菓子や!俺が食べて何が悪いねん!」と再び仏の教えをさえぎってくる。私はそっと木戸を閉じ、午後からの仕事に戻った。

お菓子隠れ食いの件で熱くなったが、仕事を終えるのは夕暮れ時。京都市内に帰る場合は棚田の町に寄って夕陽を眺めながら散歩をする。小屋に宿泊する場合は割引の時間帯を狙ってスーパーへ買い出しに。小屋に戻ったらまず薪ストーブに火を入れ、その次にレコードをかける。

夕食後に薪のはぜる音を聞きながら、知人に借りた『チルチンびと』のページをめくって小屋の改修に想いをめぐらせるのが至福の時間である。

このように漆工房と木工房の距離は離れているが、田舎暮らしもなかなか楽しめている。

私も自分の工房と弟子を持つようになった記念として、次回は第一話で書いた以前の弟子時代を振り返ってみたいと思う。

つづく

← 第十三話「職人と弟子」を読む

イラスト:SORRY.

和菓子好きイラストレーター。デザイン会社での経験を経て、現在はフリーランスとして活動中。ショップやラジオ番組のロゴデザイン、雑誌の挿絵などを制作。

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写真:其田有輝也

カエデヤマザクラケヤキフォールナット

erakko おとも椀

erakkoは、京都・山科に工房を構える柴田漆工房の二代目が旅の道具を作りたいと立ち上げたブランドです。木地作りから漆塗り仕上げまで、全ての工程を自社で行っています。

旅やキャンプなど、アウトドアで過ごす大切な時間に天然素材のうつわでおともしたい。そんな気持ちから生まれたのがerakkoのおとも椀です。天然素材である木と漆を味わうだけでなく、アウトドアで使うための工夫を施した本格派の作りになっています。

カエデ、ケヤキ、ヤマザクラ、ウォールナットなど、おとも椀の木地には様々な樹種を使用しており、それぞれがもつ個性を引き出すことにもこだわっています。木肌の色や木目を活かすため、拭き漆に使用する漆は樹種ごとに使い分けています。

おとも椀には、高台(こうだい)といわれる底の立ち上がりがありません。野外での使用を考え、重心を低くして転びにくくするためです。これ以上ないシンプルさと、ふんわりしたやさしい丸みで、いつまでも両手で包み込んでいたくなるお椀です。

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旅やキャンプなど、アウトドアで過ごす大切な時間に天然素材のうつわでおともしたい。そんな気持ちから生まれた木と漆のお椀です。樹種はカエデ、ケヤキ、ヤマザクラ、ウォールナットの4種類からお選びいただけます。

生産地:京都府
サイズ:Φ110×H55
仕上:拭き漆
付属品:風呂敷(むす美 / 日本製)

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