自転車とテント

一冊の本との出会い

その旅の途中である人からもらった『旅をする木』(星野道夫著)という一冊の文庫本に、とても心魅かれる一文があった。

アラスカを拠点に自然の写真を撮り続けていた星野氏は『オオカミ』という章で、夜のルース氷河での事を綴っている。

「月光に浮かびあがる氷河の真っただ中では、時おりどこかで起こる雪崩のほかには、動くものも、音もありません。」

そして星野氏はサハラを旅した友人が語っていたという、「砂と星だけの夜の世界が人間に与える不思議な力の話」を想い起して以下のように続ける。

「きっと情報があふれるような世の中で生きているぼくたちには、そんな世界が存在していることも忘れてしまっているのでしょうね。だからこんな場所に突然放り出されると、一体どうしていいのかうろたえてしまうのかもしれません。けれどもしばらくそこでじっとしていると、情報がきわめて少ない世界がもつ豊かさを少しずつ取り戻してきます。それはひとつの力というか、ぼくたちが忘れてしまっていた想像力のようなものです。」

■1999年 株式会社文芸春秋出版 星野道夫 『旅をする木』37Pより引用

私はこの一節が好きで、何度も読み返した。社会生活から切り離された質素な日々の中では、星野氏の語っていることがよくわかる気がした。ところがその気持ちはとても消えてしまいやすいものであった。10ヵ月間の旅生活を終えて大阪の会社で勤め始めた頃には、旅でつかんできたはずの”手ごたえ”のようなものはどこかに姿をくらましてしまった。

旅をする木夕暮れの湖海辺

その後、父の後継ぎとなることを決めて大阪の会社も辞めてから、わずかばかりの貯金でまた自転車旅に出た。体がペダルを漕ぎ続ける生活に慣れ始めたころ、再び一人旅特有の感覚がよみがえってきた。

腹の底からふつふつと湧いてくるような喜びに、「これこれ!これや!!」と叫びだしたくなった。その時の旅では、父の弟子となりながらも個人的にどのような物を作るかじっくり考えようという目的もあったのだが、もはやコンセプトを考えるまでもなかった。

自分には一人きりで自然を感じる時間が必要なのだとあらためて感じた。決して人が嫌いなわけではない。ゆったりと流れていく時間がもたらす光や空気、季節の変化を、全身で味わった喜びを持ち続けたいのだ。それは星野氏が言うような、”想像力”や、”豊かさ”を感じ続けるための時間なのだ。

「そのような時間があることを忘れないでいられるようなブランドを作ろう。」と思った。

丁寧な手仕事で表現するコンセプトとしてもうってつけだと感じられた。そして私は竹浪さんに、表現したいコンセプトのイメージを無数のキーワードにして送ったのだった。

メールで送ったキーワード群を見た竹浪さんから、「柴田くん、、、世捨て人ですね。」という返信がきたことはいまだに憶えている。翌日からさっそく竹浪さんとの密なやりとりが始まった。その末にフィンランド語で「世捨て人」を意味する”erakko(エラッコ)”という名前とロゴで世界観を表現してもらったのだ。

ついにブランドがデビューする!というその時、やはり私はまたしても絶望感を味わうことになった。その続きはまた次回、お楽しみに。

そして、そんな孤独も愛するerakkoから、おとも椀専用のスプーン、「おとも匙」が登場しております。おとも椀と一緒にコッヘルに収納できるようになっています。この機会にぜひご覧ください。

第四話「クラファンに挑む職人」を読む →

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おとも匙

erakko おとも匙

erakkoは、京都・山科に工房を構える柴田漆工房の二代目が旅の道具を作りたいと立ち上げたブランドです。木地作りから漆塗り仕上げまで、全ての工程を自社で行っています。

こちらは「おとも椀」と一緒にコッヘルに収納できるスプーンになります。コンパクトながらも、柄の部分についたくぼみを親指でつまむことで、短さを感じずにお使いいただくことができます。

素朴な風合いでどんな器とも相性が良いヤマザクラの木地を、拭き漆で仕上げています。家でも外でも使い勝手の良いスプーンは、使い込むほどに魅力が増してきます。

erakko おとも匙を購入する

「おとも椀」と一緒にコッヘルに収納できるスプーンです。素朴な風合いでどんな器とも相性が良いヤマザクラの木地を、拭き漆で仕上げています。

生産地:京都府
サイズ:W33×H95
素材:ヤマザクラ・漆
仕上:拭き漆

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