唐木田又三

衰退と復活

江戸時代後期に栄えた松代焼だったが、明治期に鉄道が敷かれると安価な陶器が流入し衰退の一途をたどる。それでも、地元の養蚕業などの需要に応じた陶器を作りながら営業を続けたが窯は減り、昭和の初めには途絶えた。

松代焼を復活させた人がいる。それが伊三男さんの父、又三さんだ。中学校の美術教師をしながら絵画などの創作活動をしていた又三さんは、しだいに陶芸に興味を持ち始める。きっかけは、長野県上田市の展覧会で目にした染谷焼だ。染谷焼は上田市の染谷地区で作られる実用陶器。長野県でも地元の土で焼き物を作れることに、又三さんは感銘を受けたという。

又三さんは、当時、唐木田家に出入りしていた知人から松代焼の話を聞く。松代の出身である知人は持っていた作業場を提供し、又三さんはそこに試験窯を作り松代焼の研究を始める。

勤務先の中学校にも窯を作り、自ら学びながら授業では生徒に作陶を教えた。美術の研さんとして学校から許可が下り、陶芸の一大産地、愛知県瀬戸の陶磁器試験所で1年間技術を学ぶ。長野県に戻ってからは、本格的に作陶と松代焼の研究に打ち込む。

松代の旧家にある古文書や国会図書館の文献、かつての陶工の話をもとに研究。当時の作品を参考にしながら試験窯で再現を試みるも思い通りにはいかない。土や釉薬の調合、焼く温度などの研究を重ね、ついに完成する。

松代焼の復活を思い立った日から10年余りの歳月が流れていた。又三さんがそれほどの苦労をしながらも松代焼の復活にかけた思いとは何だったのか。

「父は寡黙で、その時の思いや苦労をほとんど語りませんでした。ただ、民藝運動の影響を受けていたので、松代焼という伝統工芸に価値を見出し、後世に残すべきものだと考えていたようです」

登り窯

陶芸家としての出発

又三さんは陶芸家を志し、教師を退職。いまから半世紀前に、現在の地に自ら登り窯を築く。1万3千個もの耐火れんがを積み上げる作業は4カ月半にも及んだ。苦労の末に完成した登り窯で、又三さんは技術を極めていった。窯元はにぎわいを見せ、多くの弟子が出入りし、後に独立して窯を開く者も現れた。

2012年に又三さんが他界し、いまは伊三男さんが窯元を継ぐ。「ゼロから築いた父に比べれば、2代目の私は肩の力を抜いて創作しています」と笑うが、伊三男さんの話からはこの時代に作陶することの難しさや葛藤がうかがえる。

かつてないほど物があふれる時代に、陶芸のあり方も大きく変わる。庶民の実用品として始まった松代焼。いまでは、安価に陶器が手に入るばかりか、代替する材料は他にもある。人々の興味は移ろいやすく、あらゆるものが短いサイクルで消費されていく。そんな時代に、生産性とはほど遠い手仕事で作品を生み出すこととは。

「かつて父が言っていました。物は少なくていい。しかし長く大事に使うに足る良いものであってほしい、と。父は当初からそんな思いを持って陶芸の仕事を始めたんだと思います。江戸時代の人たちが物を修理しながら愛着を持って使っていたように」

次のページに続く)

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