木櫛

刃物がなかった時代、人々は細い棒を束ね、固定するなどして髪を梳いていたそうだ。鉄が生まれ、鋸が生まれ、板状の木を加工できるようになり、現在の櫛が生まれた。櫛作りが伝わった起源には諸説あるが、大阪府泉州地域には、1500年ほど前にその技術が伝わったとされている。その中でも、技術伝来の地として伝説が残る貝塚にて、木櫛作りを継承する西出櫛工業の西出長仕さんのもとを訪ねた。

貝塚と木櫛作り

洗髪料がなかった時代、木櫛は髪のごみを取り、髪型を整える重要な生活の道具であった。それは身分に関係なく必要とされ、貝塚では皇族に納めるものから一般の人々が使うものまで幅広く櫛作りを行っていたそうだ。

西出さんが櫛作りの世界に足を踏み入れたのは1970年代、大学生の頃。櫛製造が盛んな時代だった。アルバイトとして働きながら技術を習得し、その後、独立。当時は、貝塚だけでも30以上の櫛屋が存在した。

西出櫛工業

流通は問屋への卸売りが主であった。効率性を重視すべく、部門ごとに手内職や担当の職員を配置し、分業制で櫛を作り上げ、その中でも木櫛の刃を引く人のことを職人と呼んだ。地域の農閑期には、地元農家も従事するなど、地域の産業として営まれていた。

木材は、安価で質の良いタイのつげの木を輸入していた。船で丸太を運び、一本ずつ担いで運んだ。櫛屋は、それを製材屋に依頼して木を板状に製材し、櫛作りを行った。

しかしその後、輸入材の流通の不安定さや製材屋の廃業により、材木の入手は困難を極めた。それは、跡継ぎを勧められない要因ともなり、高齢化とともに自分の代で幕を閉じる職人が少なくなかった。材料となる原木は、輸入材ではなく、高価な国産のつげの木を扱うようになった。

流通においても、職人自ら製造から販売まで担うようになった。西出さんも、問屋が海外製品を扱いだしたことを機に、百貨店を中心に顔の見える販売へと切り替えた。

「卸売りは期間と量に左右され、品質に満足できないこともありました。また、店に納めてしまうと、その後はわからない。でも木櫛は、その後も変化しやすい。今は売って終わりじゃなく、お客さんとの関わりが生まれ、助言もできるようになりました」

西出櫛工業西出櫛工業木櫛

木を相手にする

貝塚で扱うつげの木は、鹿児島の薩摩つげだ。天然の木は細く櫛が作れないため、数十年の歳月をかけ、短く太い木を育て上げる。つげの木は、きめが細かく、欠けないことから高級とされているが、「よく動く」のだという。

木は、空気中の水分を含むと膨張し、乾燥すると縮む。加えて、製材前後の木にかかる気圧の変化や、生育中のねじれや曲がりといったそれぞれの木が持つ個性もある。それらを考慮しつつ、加熱し、水分を抜き、縮め、製材し、しばらく置く。大きな櫛を作るには大きな木が必要で、大きな木ほど大きく曲がる。修正するために10年以上かかることもあるらしい。木が育ち、製材し、曲がりを修正し、櫛材になるまでには、80年はかかると言われているそうだ。

「この木は、この先どうなるのかと考えながら作りますが、いまだにわからないこともある。けれど、木もむやみに曲がるのではなく、ちゃんと理にかなっている。それを見越して、将来的に真っ直ぐなるように作り上げるんです」と西出さんは言う。

西出櫛工業西出櫛工業西出櫛工業

櫛から伝わる温かさ

「伝統があるところだから、こういうのも作りたいなと思って」と差し出された木箱を開けると、美しい花模様が彫り込まれた木櫛が入っていた。温かみのある木の色、触れていいのかとためらうほどの細やかな作りに、思わず見惚れた。「透かし彫り」と言うらしい。手にとったときの優しい手触りには、使い手を想う職人さんの心遣いを感じた。

西出さんは言う。「材料選びから、練習を重ね、品物を作り、生業とするまでにはかなり時間がかかる。この時代に木櫛作りをはじめ、仕事にするというのは大変なことだと感じます」

工房は、大正時代に建てられたものらしく、歴史を思わせる梁と土壁、夏日なのに日陰にいるような心地よさが印象的だった。櫛を作る道具や材木に囲まれ、職人さんご本人に話を聞かせて頂く、今この時間そのものが貴重であると感じた。

帰り際、背に丸みを帯びた可愛らしい木櫛を頂いた。「無くさない限り、一生使えます。油をつけると、もっと色が良くなり、黄色っぽくなります。それが本来の薩摩のつげの色。水に弱いから、ぬれた髪を梳いてはだめだよ。乾燥してきたと感じたら、椿油などを塗り、染み込ませてください」。

使ってみると、静電気が起きないからか、軽やかに、自然な髪型へと梳きあがる。私より長く生きるであろうこの櫛の変化とともに、歳をとってみたいと思う。

協力:西出櫛工業

〒597-0054
大阪府貝塚市堤218
TEL 072-423-1454

テキスト:有木円美

農家レストランや農家民宿との出会いを機に田舎暮らしに憧れ、鹿児島県南大隅町に拠点を持つ。体験プログラムや民泊など都市農村交流をテーマに地域住民の皆さんと活動するかたわら、取材記事を書く。フリーライター。

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