漆器

透き通った輝きを放ちつつ、しっとりとした深みを感じる漆塗り。その黒や朱の彩り、あるいは木目を引き立たせた拭き漆の器や家具、楽器などに魅惑される人は少なくないだろう。漆は単に塗りものだけでなく、蒔絵や螺鈿細工、沈金、彫漆などの伝統工芸、また碁盤、将棋盤などにも欠かせない。そんな漆芸は海外でジャパンと呼ばれることもあり、日本の工芸品の中でもとくに人気が高い。

6000年以上前の縄文遺跡から漆の塗られた器や紐状の漆製品が出土しており、漆塗りの歴史は古い。古墳に納められていた棺に塗られていた例もあるほか、奈良時代には漆と木粉を練って布や和紙に塗り重ねて仏像をつくる乾漆造りの技法も広く行われていた。有名な興福寺の国宝・阿修羅像も、乾漆造りである。漆は世界最古の塗料であり接着剤であり、美を伴う工芸に欠かせないものだったのだ。

職人

しかし、肝心の原料となる漆についてよく知る人は少ないようだ。

まず漆の元となるのは、ウルシノキという樹木から採取される樹液である。ウルシノキはウルシ科ウルシ属の落葉高木で、秋には紅葉する。ただ原野に自生している木は滅多に見つからないため、中国から伝来した栽培植物とされている。ちなみに野山に生えていて触るとかぶれると嫌われる木もウルシと呼ばれるが、それらはハゼやヌルデなどだろう。こちらもウルシ科の樹木ではあるが、別種である。

約10~15年生のウルシノキの幹に横一線の傷をつけると乳白色の樹液が滲み出てくる。この樹液にはウルシオールという成分が多く含まれている。これが「かぶれ」を引き起こす原因物質であると同時に、漆の主原料だ。それを専用の道具で掻き取る。6月から10月ぐらいまで毎朝行うが、1本の木から採れるのは、せいぜい200グラム程度しかない貴重なものだ。

集めた樹液は、綿を加えて遠心分離器にかけると不純物を濾過し取り去る。さらに攪拌して粒子を細かく砕き成分を均一にする。低温で加熱しゆっくり水分を蒸発させ濃度を調節する。……そんな過程を経て、半透明の透漆(すきうるし)となるのだ。ここに鉄粉を加えると化学反応を起こしてまっ黒い黒漆になる。「漆黒」と呼ぶ暗闇の色も、ここから広がった。また辰砂やベンガラなどの赤い顔料を加えて朱漆にする。なお近年になると、黄や青などの色漆も生み出されるようになった。

漆掻き

このように漆は、大変な手間をかけて生み出される。質のよい漆は、甘酸っぱい新鮮な醤油のような香りがする。この液状の漆を生地に塗ると空気中の水分と反応し硬化する。いったん硬化すると、熱や湿気、酸、アルカリに強く、腐敗防止や防虫の効果もある優れた機能を発揮する。かぶれることもなくなる。そして美しい輝きが生れる。それゆえ漆は、古代より人々を魅了してきたのだ。

ただ漆と名がつけば、いずれも同じわけではない。そもそも漆塗りとして出回っているものの約4分の3が合成樹脂であるウレタン塗装と言われている。さらに天然漆と称されるものも、大半が外国産の漆を使っている。台湾やベトナム産漆の成分はラッコール、タイやミャンマー産の漆はチチオールであり、成分が違う。中国産漆は日本産と同じウルシオールだが、性質は微妙に違っている。

採取方法も違う。海外産は樹液を掻き取るのではなく、傷から流れ出るものを容器で受け止める方法を取ることが多いが、不純物が混ざりやすく酸化も進みやすい。また日本では採取が終わると木を切り倒す。ひと夏樹液を採取した木は、樹勢が衰えて翌年はよい樹液を出さなくなるからだ。これを「殺し掻き」と呼ぶ。中国では伐採せずに毎年採取する(養生掻き)。そのため質が劣るとされる。

もちろん国産漆でも採取の仕方が悪かったり、保存方法を誤ると質が落ちる。それに中国産漆や植物性油脂で薄めたり、乾燥促進剤のような薬剤を添加することも多いのが実情だ。一方で、中国産漆にも質の高いものはある。

国産漆は、岩手県の浄法寺町産が生産量の7割を占め、ほかに茨木県の太子(だいご)町なども知られるが、すべて合わせても生産量は天然漆の1~2%ほどしかない。文化庁は、文化財の修復に使う漆は国産のものを使うよう通達を出したが、肝心の国産漆が手に入らない有り様なのだ。ウルシノキが減少の一途のうえ、漆掻き職人も高齢化が進んで減ってきた。さらに漆掻きに使う独特の道具をつくる職人もいなくなってきた。

道具

しかし、このままでは日本の漆芸文化の危機だ。そこでウルシノキを植林する動きが各地で起きている。香川県では、2003年から香川県漆器工業協同組合などがウルシノキの植林を始めており、数年前から栽培したウルシノキから樹液の採取ができるようになった。ほかにも京都府や広島県、愛媛県などでも、行政やNPOによってウルシノキの植林が進められている。漆掻き職人の養成も行われるようになった。浄法寺町では、研修生を募集している。約半年間の研修を経て、独立してもらおうという試みだ。

少しずつ国産漆を増やそうという気運が高まってきたようである。

ところで、通常はウルシノキの栽培と漆掻き、漆を塗る前の生地(器や家具など)の製造、そして塗り、販売……と分業体制が敷かれている。だがそれでは漆を巡る世界全体が見えなくなりがちだ。漆掻き職人は漆の塗り方をよく知らず、漆塗り職人はウルシノキの栽培や漆掻きの苦労を知らない……。

そこで自分でウルシノキを育て、自分で漆を掻き取り、自分でろくろを回してつくった生地に自分でつくった漆を塗って作品を仕上げる作家も登場し始めた。漆の最初から最後まで自ら携わりたいと思うそうだ。

もし漆器を手にする機会があれば、漆に関わる多くの人々のさまざまな思いも感じていただきたい。

テキスト:田中淳夫

日本唯一の森林ジャーナリストとして、自然の象徴としての「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで執筆活動を展開。

イラスト:Takeuma

大阪府吹田市生まれ京都在住。ひねりを効かせたアイデアイラストを得意とし、海外の仕事も多数手掛けている。スケッチはライフワーク。

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