ここで、金継ぎの工程について大まかにご説明したい。まず、割れた陶器や磁器を繋ぎ合わせる接着材として、漆と小麦粉を練り合わせて作る「麦漆(むぎうるし)」を使う。漆は接着剤としても有用なのだ。
余談ではあるが、ハチは昔から接着剤として漆を利用しているという。彼らの巣がぶら下がっている根元から軸の部分は全体のバランスから見るとえらく細いがしっかりと固定されている。ハチはその根元部分を作る際に、強度を持たせるため漆の樹液を採取してきて混ぜるらしい。
話が逸れたが、接着してから数日間おいて麦漆がしっかり乾いたら、接着した際にはみ出た部分を刃物などでそぎ落とす。その後、「錆漆(さびうるし)」という下地材で段差や隙間を埋めていく。
錆漆とは、岩石を砕いて粉にした「砥の粉(とのこ)」に水を加え、ペースト状にしてから漆を加えて作ったものだ。この錆漆は、乾いた後は石のように硬い質感だが、水を含ませながら砥石などでほどよく研ぐ事ができるので、漆器づくりの下地に欠かせない存在である。
そうして隙間や段差などに錆漆を残しつつ、余分な下地を研ぎ落としてキレイな線を出す。その線に沿って細い筆で漆を塗り重ねたら、いよいよ仕上げである。
再び線に沿って漆を塗り、ネバっとした漆の上から金粉をまぶし表面に金粉を付着させる。その状態で漆を乾かせば、金粉がしっかりと固着するのだ。ちなみにこれは「蒔絵(まきえ)」という加飾の技法である。
単に「修復」という意味においては、下地の上に漆の線を描くだけでも防水性が生まれ器としての使用は可能になる。しかし、漆を塗り重ねて線を立体的に見せたり、金粉で加飾する事によって新たな価値を持って蘇らせることが金継ぎなのである。パリ娘にもそのへんをよく理解してフランスでも手に職としてほしいものだ。
後日、練習用に用意したうつわを割って、説明よりも実践から始める。そもそも通訳がいないと詳しい説明ができない。彼女の日本語力は、先述の通りほんのり聞き取れる程度である。私の英語力は中学レベルであり、父は近年の幼稚園児を下回るレベルであるからして、専門的な説明は不可能なのだ。
よって、上記のような各工程の意味や、金継ぎの美意識的な部分は実践の中で理解というか、悟ってもらうしかない。だが手仕事というものは、「見て学べ!」という人がいるくらいなので、言葉が通じなくても教える事ができる。
父が丁寧にやって見せながら、「こう、、、真っすぐにではなく、、、ナナ~メに!ナナ~メに!」という、イントネーションだけ英語っぽくしたイングリッシュ風日本語を駆使して教える。
私は私で、この際だから英会話を身につけようという上昇志向でもって、通訳に挑んでみたり、休憩時間にオヤツを食べながら質問をしていた。
だが、文法も発音も破綻した私の成り立っていない英語を耳にするとパリ娘は、口を半開きにし、眉間にシワを寄せ、顔を少し前に出し、「アァァン!?」とヤンキー中学生のようにすごんでくる。そんなに怒らなくてもいいではないかと思いながら、別の表現を試みる。
するとまた、例のごとく「アァァン!?」とすごまれる。なんだ、私は他愛のない質問をしたつもりが、意図せずとてつもない下ネタでも繰り出してしまったとでもいうのか。
そんなにすごまれたら私の上昇志向もすぐに下降し、「ネバーマインド!(なんでもない!)」と言って強制的に会話を打ち切ることになる。そして質問のネタも早々に尽きて気まずい沈黙が流れるというのが常態化していた。
だいぶ後になってから聞いたことだが、相手の発言が聞き取れなかった際の「アァァン!?」という返しはフランスでは一般的な事であるらしい。そして私の「ネバーマインド!」の使い方が間違っているという事もだいぶ後になってから指摘された。
コミュニケーションは順調ではなかったものの、金継ぎは順調に修得していたパリ娘であった。しかし、漆芸の洗礼ともいうべき漆かぶれの魔の手がジワジワと彼女に忍びよってきていた。
次回、お楽しみに。
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イラスト:SORRY.
和菓子好きイラストレーター。デザイン会社での経験を経て、現在はフリーランスとして活動中。ショップやラジオ番組のロゴデザイン、雑誌の挿絵などを制作。
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写真:其田有輝也
erakko おとも椀
erakkoは、京都・山科に工房を構える柴田漆工房の二代目が旅の道具を作りたいと立ち上げたブランドです。木地作りから漆塗り仕上げまで、全ての工程を自社で行っています。
旅やキャンプなど、アウトドアで過ごす大切な時間に天然素材のうつわでおともしたい。そんな気持ちから生まれたのがerakkoのおとも椀です。天然素材である木と漆を味わうだけでなく、アウトドアで使うための工夫を施した本格派の作りになっています。
カエデ、ケヤキ、ヤマザクラ、ウォールナットなど、おとも椀の木地には様々な樹種を使用しており、それぞれがもつ個性を引き出すことにもこだわっています。木肌の色や木目を活かすため、拭き漆に使用する漆は樹種ごとに使い分けています。
おとも椀には、高台(こうだい)といわれる底の立ち上がりがありません。野外での使用を考え、重心を低くして転びにくくするためです。これ以上ないシンプルさと、ふんわりしたやさしい丸みで、いつまでも両手で包み込んでいたくなるお椀です。
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生産地:京都府
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