夏の京都

夏はめっちゃ暑くて、冬はごっつ寒い。

それが京都というまちに住まう者が甘んじて受け止めなければならない宿命だ。エアコンや床暖房が完備されたマンション暮らしでさえも、洗濯物を干すため窓を開けるだけで、むぅっとしたり、ジンジンしたり。築120年を優に超える町家長屋ならなおさらのこと。NOクーラーNO床暖の日本家屋となれば言わずもがな。映画やドラマのロケ地としても知られる西陣の名物路地に暮らすしがない物書きは、梅雨入りの頃から、冷凍庫に山ほど放り込んである保冷剤を手ぬぐいで包んで首に巻きつつ仕事をする羽目になる(ここだけの話、斜向かいの写真家もその向かいの陶芸家も似たり寄ったり)。

連日連夜「暑っついなぁ」「暑ぅてかなんわぁ」と文句を垂れながらも、決して住み心地がいいとは言い難い京の長屋に居ついているのは、酔狂でも意地でもなく。破格の家賃という抗えない魅力と引き換えにイタチやネズミとの闘いを繰り広げながら結局は、これぞ京都、という暮らしっぷりが性に合っているのだ。歴史小説や時代劇に目がなくて、和箪笥には仕立てた着物が何枚も。煙管や行燈、和傘に風呂敷なんて、和の小道具一つひとつにうっとりするには、ここはお誂え向きすぎる。

窓には簾。玄関には南部鉄製の小さな風鈴。路地に置かれた鉢植えの朝顔や露草。土間では蚊取り線香を焚き、鞄の中には扇子を忍ばせる。暑い夏を少しでも涼しく過ごすための先人たちの知恵は、近代的かつ先進的なマンション空間においそれと似合わない。目で、耳で、風雅な中に納涼を求める姿勢こそ、京都の人たちが好む「粋(すい)」というものではないだろうか。

しかし、もはや小手先の対処法だけでは、悲しいかな、京都の夏の暑さに打ち勝てない。胃腸への負担を考えれば常温がいいと知ってはいても、キンキンに冷えたお茶(本音はビール)が飲みたい。好きな店(注1)でこめかみがキーンとするのを承知でかき氷を貪り食いたい。もはや、パンツ一丁で寝たい……。

厄除け粽と水無月

じりじりとした陽の下で床料理に舌鼓を打つのも、夏越の祓で大きな茅の輪をくぐる(注2)のも、祇園祭の粽(注3)を買いに行くのも、とことん暑さとの格闘だ。滝のように流れる汗を背中や内腿に感じながら、顔だけは!(と、タカラジェンヌの如き美意識で)涼し気でありたい。夏着物を着ようものなら、より一層シュッとした印象を保たなければならない。「いやぁ、涼しそうやなぁ」の一言を聞かんがために。汗だくでバタバタと忙しなく団扇で風を送るような振る舞いをするくらいなら、夏の盛りに着物なんて着るべきではないのだ。(と己に言い聞かせ、いつも気合いだけは十分なのに、着付けの段階で化粧はどろどろに崩れる……南無)

いやはや、今日も今日とて、京の盛夏を乗り切るために必要なのは、もはや心意気だけなのかもしれぬ。

注1 老舗なら「栖園」。夏のおもたせにはここのレース羹が手堅い。近場なら「みつばち」の特製あんず氷。甘酸っぱさのバランスが絶妙! 気になっていてまだ行けてないのは、氷屋さんが手掛ける「PAGE ONE」。

注2 なごしのはらえ。一年の折り返しである6月30日に、残る半年の無病息災を祈願する神事。「水無月の夏越の祓する人は千年の命延ぶというなり」というまじないの言葉を呟きながら、大きな茅の輪を3回くぐり、穢れを祓い清める。この日、氷を模した三角形のういろうに厄払いの小豆をのせた和菓子「水無月」を食べる風習がある。

注3 山や鉾によってご利益が異なる厄除け粽(もちろん食べられない)。我が家は、登竜門から立身出世を願って鯉山派。

テキスト:椿屋 山田涼子

西陣の長屋で暮らすライター兼、講師。本の虫。

イラスト:辻ヒロミ

京都府在住のイラストレーター。着物と箱が好き。

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