木工旋盤

そんな父に対して、「無茶苦茶しよるな!」と思う事があった。

金継ぎでは、割れた部分をつなぎ合わせたところに線が発生する。この線の小さな隙間などを下地で埋めたあとは、漆でなぞっては研ぐ。そして最後になぞった漆の線が乾く前に金属粉を蒔いて一緒に固める。

この漆で描いた線が太すぎると野暮ったくなるので、繊細になぞるために細長い毛の「蒔絵筆」が必要になる。だが父は蒔絵師ではなく塗師であるため、刷毛はたくさん持っていても筆はあまりもっていない。というか、蒔絵筆が一本もなかったようだ。

そこで父は、ワークショップなどで使う安っぽい小さな筆を取り出した。いかにも小学校の図工で使ったような、筆の根元がアルミで、柄がメタリックブルーの学用品である。その小さい筆の毛の長さは1㎝ほどだろうか。そこまで細くもない。

父はその毛束の半分ほどを根元からハサミでチョキりと切り落として、束の太さを半分ほどにした。「蒔絵師もこうやって使ってるのを見た。」と語っていたが、今となってはただの手抜きだと思わざるをえない。

蒔絵筆でさらに繊細な線を描くために毛の何本かを切る事はあるのだろうが、学用品の筆も細くすれば使えるという事ではなかろう。つまり父は学用品の筆だけで済まそうとしたのだろう。なんという怠慢。

しかし当時の私は蒔絵筆のことなど知らなかったので、なんとも思わなかった。

そのために彼女は、インターンシップの大半で学用品の筆を使い続ける事となった。

蒔絵筆

パリ娘が来日して5か月が経過した2020年2月。金継ぎの工程もしっかりと身につき、預かった仕事を次々とこなしては納品していた。

ある日、私は思った。わざわざフランスから留学しにきたというのに、蒔絵筆を知らずに金継ぎ修行を終えていいものかと。今更ではあるが、毛も硬くバサバサになった学用品の筆だけで一生懸命に漆の線をひいているパリ娘がなんだか不憫にも思えてきた。

本格的なものはさぞ値が張るのだろうと思っていたが、調べてみると二~三千円でそれなりの物が手に入るようだ。イタチの毛を使ったもので、ある程度しっかりしたものに違いない。

そして私は、街中に出かけたついでにイタチの毛を使った極細の蒔絵筆を購入し、パリ娘に与えた。比べてみるとその差は歴然。まず毛の長さが3倍はある。その質感はサラサラと滑らかで柔らかく、それでいてコシもある。

さっそく蒔絵筆を使ってみたパリ娘は、「細い線がとても描きやすい!一回ですごく長い線がひける!」といたく感激していた。それを聞いた父は、「そりゃそうや!」と同調していたが、最後まで学用品の筆だけで済まそうとしていた人物が言える事か。

弘法筆を選ばずという言葉があるが、さすがに限度というものがある。こんな事ならもっと早くに蒔絵筆を買ってやればよかったのだ。

しかしパリ娘は、「でも、今までこの筆(学用品のやつ)でやってきたから、新しい筆の良さがよくわかるんだと思う。」と言った。仏のような彼女の人柄ならいつか、弘法大師のようにプロヴァンス地方あたりに八十八ヵ所の霊場を開くことも可能かもしれない。

そうして迎えた2020年の3月。パリ娘は蒔絵筆を駆使して金継ぎの仕事を最後までやり遂げ、フランスに帰国した。

次回、田舎暮らし始まる。

第十一話「職人、小屋を借りる」を読む →

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イラスト:SORRY.

和菓子好きイラストレーター。デザイン会社での経験を経て、現在はフリーランスとして活動中。ショップやラジオ番組のロゴデザイン、雑誌の挿絵などを制作。

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写真:其田有輝也

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四季とたたずむタイニーハウス

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